2010年03月20日

標準化した教育ではなく、生徒各自に個別化して各自に合った教育にするべきだというアメリカ人の主張

今回の記事はビデオ付きです。英語が理解できる方は是非ビデオもご覧ください。元記事はこちらです。

ADHDや発達障害と直接の関係はありませんが、今後の教育がどうあるべきかついて述べている記事です。

主張は「標準化した教育ではなく、生徒各自に個別化して各自に合ったものにするです。日本は今、詰め込み教育とまでは行きませんが、ゆとり教育の反動が始まっています。教育が変わろうとしている今だから、教育はどうあるべきか議論する余地があると思います。

この記事には「どうすれば、個別化できるの?そのリソースは?」という問いに対する答えとして、「すばらしい先生、すばらしい親、すばらしい指導者」が必要であると答えています。3者の協力なくして、そのような教育の実現は難しく、今後親の役割がますます増していくことになるでしょう。

発達障害児に個別の指導員をつけることが始まっていますが、どうして発達障害児だけなのでしょうか。先生が頼りないと思われるとか難癖をつけて日教組あたりが反発しそうですが、複数担任制をもっと導入して多様化を促進しても良いと思います。分からないことはGoogle先生が知っているのです。何でも覚える必要がある時代は終わったと思います。覚えるのが得意な子だけが覚えて、違うことに才能がある子はそちらにリソースを割く教育が今後必要になるのではないでしょうか。

What is the argument? In a nutshell, it's that we're all born with immense natural talents but our institutions, especially education, tend to stifle many of them and as a result we are fomenting a human and an economic disaster.

この文章における課題としては、多くの才能を持って生まれてきた子供が、教育によってその才能を限定される。もちろん、それはシステム化された世界における最適化なわけて、「最低限の効率で最高の成果を出す」ためには必要なことだったと思います。筆者は「このことが人間と経済の荒廃を招いてきた」と指摘しています。

In education, this vast waste of talent involves a combination of factors. They include a narrow emphasis on certain sorts of academic work; the exile of arts, humanities and physical education programs from schools; arid approaches to teaching math and sciences; an obsessive culture of standardized testing and tight financial pressures to teach to the tests.

その理由として、「切り捨てられた多くの才能が無駄になっている」と指摘しています。要するに、テスト至上主義で文化的、芸術的な素養が失われているということですね。

The waste of talent in education is not deliberate. Teachers are as anxious about this as everyone else, but many of them feel trapped in the awkward groping of national reform policies, many of which misunderstand the problems as well as the solutions. The waste of talent isn't deliberate, but it is systematic.

この才能の喪失は学校の先生が意図的にやってるものじゃない、古い教育システムによってもたらされている。新しい革命的なシステムが必要だと主張しています。

This new culture has to emerge from a richer sense of human ability. To shape it, I believe we have to leave behind the manufacturing principles of industrialism and embrace the organic principles of ecology.

Education is about developing human beings, and human development is not mechanical or linear. It is organic and dynamic.

Like all living forms, we flourish in certain conditions and shrivel in others. Great teachers, great parents and great leaders understand those conditions intuitively; poor ones don't. The answer is not to standardize education, but to personalize and customize it to the needs of each child and community. There is no alternative. There never was.

新しい教育は各自の優れた能力に注目してそれを伸ばすことに注力する。標準化した教育ではなく、生徒各自に個別化して各自に合ったものにする。

The good news is that all around the world there are wonderful examples of people and organizations that are making determined efforts to do things differently in education -- and in business, health care, architecture, communities and cultural programs.

There's a wealth of talent that lies in all of us. All of us, including those who work in schools, must nurture creativity systematically and not kill it unwittingly.

今、世界中でその取り組みが始まっている。多くの才能は子供だけではなく、教える側の先生にもあるのです、これが決まった教育の指導システムだからということで、先生各自にある独自の教え方の才能を封じ込めずに、各自それぞれが才能とアイデアを発揮して充実した教育を実施して欲しいですね。

posted by hati at 05:16 | Comment(1) | TrackBack(0) | 雑記 はてなブックマーク - 標準化した教育ではなく、生徒各自に個別化して各自に合った教育にするべきだというアメリカ人の主張
この記事へのコメント
くれよんのもんです。同感です。
Posted by maple at 2010年03月20日 13:19
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